教区ロゴ ifm付透過.png




<< とあるリアルな問題 >>


 12月に仙台教区のお隣、山形教区主催で「共生学習会(きょうせいがくしゅうかい)」と題する勉強会が開かれました。その模様をご紹介します。


 講師は、青森県にある国立松丘保養園という施設に入居する人々の自治会長さんと、群馬県にある国立栗生楽泉園資料館という資料館の学芸員のお二人。


 「共生」とはなにか、「国立」の何の「保養」園なのか。また、なぜお寺の学習会でこの「ハンセン病問題」という題材を取り上げるに至ったのでしょうか?。案内いただいたチラシより採り上げると

 なぜ今まで、真宗大谷派はハンセン病問題に取り組んできたのでしょうか。それは、差別・偏見が繰り返し行われている現状を、1人でも多くの方へ知ってもらいたいということ。

 そして、その現状を共に痛み、共に悲しみ、共に歩んでいくという「本当の人間の姿」について共に考えていただきたいという願いからです。

とありました。



ー・ー・ー  ハンセン病「問題」? ー・ー・ー



講演の中では、このハンセン病に罹患し発病した方は、自治体・隣近所も含めた社会全体から施設へ隔離するような動きをされ、それは他の病気ではいまだかつてなかったほぼ全ての人を隔離するほど徹底したものであったこと、そして療養する施設は、全国に何か所も設けられたことがわかりました。


 また、病気の原因が隔離を要するほど強い病原菌ではないことがわかった後も、国の政策としても、また社会の人々の心情面としても人と人との一般的関係が以前のように回復せられることがないまま、あまりに長い間が過ぎ、その渦中にある日突然投げ込まれた人がどんな思いをし続けてきたのかということを聞くことができました。


 別な部分では、この病気の療養所の中では、寒い冬において人がとても耐えることができないような粗末な環境しかない場所に人を収容することすらなされ、その結果として亡くなる人が幾人も出たという実例があげられていました。



ー・ー・ー  明らかさにされ、後に託された課題は ー・ー・ー



 最後に、今回「ハンセン病問題」ということが題材にされたことで、それほど遠い昔ではないはずの時代から、このようなことに至るほどの事態が最近まで長く続いていること。

 そして呼びかけ文にもあった「差別」「偏見」(また「いじめ」などの言葉も表現に入ってくるのでしょうか)聞けばそれはいけないことだよ、と誰もが言うであろう言葉。でも、人が人にそんなことを事実たくさんしてきたのだったということ。

 また、それで苦んでいる人の姿が見えなくなっている人間の姿が、浮き上がってくるということでもあり、それは僧侶も門徒も例外ではなかったのではないかという課題とともに、様々考えさせられます。


 自身がハンセン病による隔離体験をした人々が、今も生きてその体験を語ってくださるという事実に何とも言えないリアルさを感じ、また同じ時間を生きている中で自分の知らなかったこの日本という社会でおきた事実の一つを題に聞くことができたことが、なぜお寺でこのテーマか、なるほどなと感じた学習会でした。


 お寺でリアルな心の声を聞き、互いに考える。たまにはそんな時間も大切ではないでしょうか。